旅する医用工学者

医用工学に関するトピックを中心に,臨床工学技士国家試験,第1種ME技術実力検定試験,第2種ME技術実力検定試験に関係する内容についても取り扱います.日々の技術開発や受験勉強や学校の授業の予習・復習にお役立てください.内容の正確性には留意していますが,これを保証するものではありません.

ゲインとデシベル


増幅

エレキギターの弦をただ爪弾いても、小さな音が鳴るだけで、とてもライブハウスに轟きわたる大音響にはならない。実際のライブハウスでは、エレキギターをアンプという装置に接続している。エレキギターは弦の振動を電気信号に変換し、それを出力する装置だ。一方で、アンプはエレキギターエレキベースやキーボード等の他の楽器も含む)からの入力信号を拡大(これを電子工学では『増幅』という)して、スピーカ等へ出力する装置である。このアンプがあるからこそ、我々はライブハウスで大音響のライブを楽しめるのだ。

 

生体信号の計測でも同じである。生体信号は微弱なことが多いので、ある程度増幅してやらないと、信号の表示や記録がやりづらい。例えば心電計は、1 mV の心電図信号を 1 V 程度まで(なんと、約 1000 倍!)増幅する能力を持っている。もちろん、この増幅ができるのは、アンプが心電計に内蔵されているおかげだ。さて、これからはこのアンプの性能を、どれだけの倍率に増幅できるか(増幅度)で評価することにしよう。

 

電力増幅度と電力利得

さて、ここで、エネルギを何倍に増幅するか、その倍率を表すこととしよう。生体信号の計測においては、2倍とか3倍ではお話にならないのだ。1000倍、10000倍が当たり前の世界だ。うん、大きな倍率を扱うのはなんとなく面倒だから、ゼロが何個つくか、すなわちケタ数で考えることにしよう。

 

10 倍はゼロが 1 つ付くから 1 B(ベル)、100 倍はゼロが 2 つ付くから 2 B、1000 倍はゼロが 3 つ付くから 3 B……(略)……10n 倍はゼロが n 個付くから n B としよう。

このように、ケタ数で電力増幅度を表現したものを利得(ゲイン)という。

 

例えば、1 mW の微弱な電力(単位時間あたりの消費エネルギ)しかもたない信号を、1 W まで増幅する能力を持ったアンプは、103 倍に電力を増幅しているから、3 B のアンプと言っておけばよい。

増幅度 = 10G と表せるとき、G を利得というのだ。

数式を使うならば、n = 10G のとき、 利得 = G [B]と定義できる。

しかし、増幅度が 2 倍、3 倍……と、 10n で表せない数値だったらどうすればよいのだろうか?

 

……よし、力ずくでやってみようではないか。

一般に増幅度を n 倍とすれば、指数と対数の関係を使って、

n = 10GG = log10 n

と式変形してやればよい。

電力増幅度を n = Pout/Pin とするならば、

G [B] = log10 (Pout/Pin)

となる。

 

ただ、これでは流石に単位が大きすぎる。例えば、小学校で習った体積の単位を思い出してみよう。牛乳ビンの容量を L (リットル)で表すと単位が大きすぎて使いづらいから、L という単位を 1/10 にした dL (デシリットル)という単位を使うことで、もっと扱いやすくしたのだった。例えば、0.2 L の牛乳ビンは 2 dL であり、1 L の牛乳パックは 10 dL である。

 

これと全く同じで、B という単位を 1/10 にした dB (デシベル)という単位を使うことで、もっと扱いやすくできるのだ。例えば、0.2 B の電力利得は 2 dB であり、1 B の電力利得は 10 dB である。つまり、

G [dB] = 10 log10 (Pout/Pin)

ということである。なんだ、意外と簡単に導出できるじゃないか。

 

例えば、1 mW の信号を 1 W に増幅するアンプであれば、

 G = 10 log10 (Pout/Pin)

= 10 log10 (1/0.001)

= 10 log 103

= 10 × 3 log1010

= 30 × 1

= 30 [dB]

 ということになるのだ。

 

電圧増幅度と電圧利得

さて、これまでは電力やエネルギの倍率を考えてきたが、実際の生体計測においては電力やエネルギを信号として処理することは少ない。センサのほとんどが最終的には電圧を出力とするため、電圧を信号として処理することが多い。つまり、電圧を何倍にするか(電圧増幅度)で利得を定義する必要があるのだ。

 

ここで、お馴染みジュールの法則 P = IV = V2/R  より、電力やエネルギは電圧の2乗に比例することがわかる。すなわち、抵抗が一定で電圧が n 倍になるならば、消費電力は n2 倍になるのだ。入力・出力側でインピーダンスが等しいことが多いため、このことを数式に織り込んでみると……

 G = 10 log10 (Pout/Pin)

= 10 log10 {(Vout2/R)/(Vin2/R)}

= 10 log10 (Vout/Vin)2

= 10 × 2 log10 (Vout/Vin)

= 20 log10 (Vout/Vin)

となる。すなわち、

G [dB] = 20 log10 (Vout/Vin)

という教科書でおなじみの公式が示された。

 

例えば、1 mV の信号を 1 V に増幅するアンプであれば、

 G = 10 log10 (Vout/Vin)

= 20 log10 (1/0.001)

= 20 log 103

= 20 × 3 log1010

= 60 × 1

= 60 [dB]

 ということになるのだ。

 

以上に示したように、電力利得と電圧利得は似たような概念だが、増幅度の常用対数を 10 倍するか 20 倍するかという大きな違いがあるのだ。何故このような違いがあるかといえば、電力は電圧の2乗に比例するという、ジュールの法則が根底にあるからだ。

 

このように、公式が導出された背景に着目すると、意外と簡単に公式を理論的に導出することができるうえに、似たような公式を区別して考えることもできるのだ。公式を丸暗記するのもよいが、たまには自力で導出してみるのもいい勉強になるので、是非ともトライしてみよう。

 

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Gain and dB